事業統括より

 現在の博士後期課程のキャリアパスとして、アカデミアでのキャリアパスだけでなく、より産業界に近い社会でのキャリアや諸外国特にアジアでのキャリアの展開などに多くの可能性が出てきています。 また、一般に博士後期課程学生は、自分の専門分野で精鋭な研究に没頭していくという従来の考え方がありますが、博士号収得後1人立ちした研究者になったのちには、 即座に分野融合や新分野創出という役割を課せられることも多く、博士課程在学中からこれらに対応できる能力を育成されることが必要になってきていると思っています。
 例えば、博士になって、所属していた大学から離れ新天地で自分の研究を立ち上げようとした場合、現代の先端科学では国内外の研究者ネットワークを利用して効率よくスピード感も持って 研究を推進させることが望まれますが、このための広範囲な知識と自らがもつ研究者ネットワークは、なかなか在学中には得ることができません。 できたとしても自分の専門の限られた領域だけになってしまうでしょう。 さらに、博士課程の研究・育成では、専門分野の研究を1からじっくりと立ち上げることに重要な点がありますが、その一方で最近の科学の進展スピードは、数年で全く違う世界が来るほど速い分野もあり、 ポストコロナなど急速な社会状況変化にも対応した科学研究の立案・遂行が求められることも多くなってきています。簡単に言えば、いかに新たな研究を立ち上げ、 世界でイニシアティブをとれるかが重要になってきていることになります。これに対応するために、本プログラムでは、 多摩地区の研究機関を中心に半年という時間を切った上で共同研究をD学生自らが立ち上げ、 同時に独自のネットワークを形成していくことを行ってもらいます。
 実は、これらの状況は、産業界での製品開発と類似の部分があると思っています。博士人材のキャリアを考えると、そういう展開に出る人も多いので、これからの大学院教育では、 具体的なシステムを入れていく必要があると思います。とはいえ、締め切りを決めて研究をするというと、学術研究や基礎研究とはあまり馴染まないわけで、 したがって新しい育成ルートを用意する必要が出てきています。
 さらに、研究にはオリジナリティが必要という大前提がありますが、実際の研究状況では、博士後期課程学生であっても指導教員のスーパーバイズ下で研究を行っていることが多く、 全く新しい分野創出を目指したり、新しい研究に挑戦することは非常に難しい状況にあることも事実です。博士後期課程に費やしていい年月が10年くらいあるのであれば、 これも可能だと思いますが、それはD学生のキャリアアップにはあまりいいことにはならないでしょう。そこで、本プログラムでは、最先端研究でなくてもオリジナリティだけに着目し、 D学生がそれをアピールできる場を社会を巻き込んだ形で行いたいと思っています。具体的には本学の学生は理工系学生ならではのスキルを持っている人が多くいます。 これをこれらの技術を欲しがる企業向けに教えるプログラムを開発し、実際に大学が販売できるようにしていきます。
 一方、グローバル展開が大学院にも求められ、本学でも大学院技術英語や、ASEAN諸国やロシアなどの海外大学との交流・交換学生制度などが行われています。 英語でコミュニケーションが当たり前の世界で、日本中どこに行ってもそういう教育が行われているようになっています。 しかし、近年の産業、特に生産の中心は、半導体産業などをみてもアジア圏に移ってきています。もちろん海外の人とコミュニケーションをする場合に、 英語を中心としたコミュニケーション能力は、依然として必須条件となっています。でも、もし優秀な博士が、英語だけでなくてその国の言葉で会話できるとしたら、 国際共同研究や共同開発を行う上でもさらに深いレベルの研究者交流が行われることになるでしょう。 そこで、本プログラムではアジア圏言語も習得するプログラムを用意しています。

 以上が、本プログラムの骨子です。これらは、事業統括である私がこれまで研究、国際交流、企業との共同研究などを通して経験し、感じてきたことを具体的な大学院育成プログラムにした形になっています。 近い将来、この育成プログラムを経験した博士後期課程学生が、アジア圏を中心にイニシアティブをとり、新分野開拓もものともせず行っていく姿を期待しています。

JST次世代研究者挑戦的研究プログラム
電気通信大学事業統括
米田仁紀